〔小説〕八大龍王伝説 【491 ユングフラ脱出策戦(後)】

 八大龍王伝説

【491 ユングフラ脱出策戦(後)】

〔本編〕

「しかし、私がどこにいるかも、どこに向かうかも分からない状態で、何を始めるのだ?! せめて、私の居場所ぐらい分からないと……」

「姫の居場所を、アルク達四人に、伝えるつもりはありません! もちろん、姫のこれからの行動も……。だからこそ、彼らの動きは、我々もそうですが、敵にも予測不可能となります。

 敵からしても、それぞれの門の様子しか分かりません。そして門での行動が、ユングフラ姫を逃がすために、四門で連動していると、考えるはずです。その勘違いな思惑が、敵に、予測不能なリアクションを起こさせることとなることでありましょう」

 赤い閃光が、王城マルシャース・グールの各所で打ち上がったわずか五分後、王城の東門が大きく内側から開かれた。

 赤い閃光の意味は、東門に駐留している聖皇国の一般兵には理解はできないが、既に南門では戦端が開かれ、ボンドロートンが南門から突入したという情報は得ているので、何事かが起きていることは、容易に想像できた。

 しかし、ジュルリフォン聖皇が、まだこの地に到着しておらず、到着までは固く王城への攻撃をダードムスによって禁じられている東門に配備された聖皇国の兵たちにとって、王城内のミケルクスド國兵のアクションが無い限り、王城とミケルクスドの兵に攻撃を仕掛けるというリアクションが出来ない状態であった。

 その事情は、南門にいたボンドロートンにしても同様であって、ただユングフラ姫の突出及び退却というアクションがあったので、南門から中に攻め入ったのである。

 結果、ボンドロートンはユングフラの罠に嵌り、その生涯を閉じたことは、既に述べたところではあるが……。

 いずれにせよ、東門で王城内のミケルクスド兵からのアクションが起こった。

 東門が内側から大きく開くというアクションがである。

 しかし、当然、そこから敵兵が自分たちに向かって、攻め寄せてくると踏んでいた聖皇国の兵たちにとって、次の行動は全く予想外であった。

 先ず、百人の兵士たちが門の中から飛び出してきたが、その兵士たちは、門の前で左右に広がったかと思うと、自分たちの門側に踵(きびす)を返し、そのまま、門とそれに連なる城壁に対して、各々の武器である剣や槍で切りかかり始めたのである。

 要は、守るべき門や城壁に攻撃を加えだしたのである。

 さらに奇妙なことが続く。

 百人程度の兵が続いて、門の外に現れたが、その者たちは、門を攻撃している百人の兵たちを無視して、門から二十メートルほどの距離まで前進したかと思うと、その場に武器を投げ出し、全員が寝転がってしまったのである。

 門や城壁を攻撃する兵を迎え撃つでもなく、さりとて逆に加担するでもなく……。

 寝転がった百人の兵たちは、最初に飛び出して門や城壁を攻撃している兵の味方なのか? 敵なのか?

 そもそも、最初に飛び出してきた兵たちは、何がしたいのか?

 城内から城外の敵に内通するために、門を開けたり、壁を壊して、外の敵を王城内に招き入れるのは理解できる。

 しかし、それはあくまでも内側からの働きかけであって、今回のように外側にわざわざ回っての破壊行動は、理解し難い。

 それも東門は、依然、開け放たれたままである。

 奇妙な点は、それだけではない。

 外側からの門や城壁への破壊行動に関して、東門の他の守備兵たちの反応が全くない。

 これには、東門の外側に駐屯している聖皇国の兵からすれば、これらの兵――寝転がっている百の兵と、門と壁を攻撃している百の兵――、にどう対処すればいいかの判断に迷うところであった。

 東門に近づいてよいのかさえ、判断が迷うところであった。

 このような、奇怪な行動には、何らかの裏がある。

 普通の思考の持ち主であれば、誰もがそう考える。

 東門の兵士たちの中には、逆に門からの距離をさらにとり、東門のみならず周り一帯を警戒しだす兵が出てきたほどであった。

 しかし、実際のところ、東門の守備兵たちのこの行動に、全く意味はなかった。

 他の門の守備隊との連動も、当然なかった。

 マークからの、『姫脱出のための、最上と思われる行動をせよ!』の一文を読んだ東門の守備隊隊長の独自の判断であったのである。

 四門の守備隊長の中で、最も遊び心に長けている隊長はサルルッサーであった。

 直感も鋭い彼は、瞬時に、マークの言わんとすることを察し、このような行動を、部下たちにとらせたのある。

 目的は、敵を混乱させる以外の何物でもない。

 むろん、後世の史書には、東門の守備隊長がサルルッサーという記述はないが、東門のその一連の奇妙な行動は、あまり奇抜さゆえに、史書にも特筆されていたのである。

 サルルッサーの性格から鑑みても、おそらくは東門の守備隊長は彼であったと推察できる。

 そして筆者として、これ以上、マルシャース・グールでのエピソードを語ることは、実は不可能なのである。

 史書では、この奇抜な東門でのエピソードを最後に、それから五時間後、マルシャース・グールは陥落し、王城内のミケルクスド國兵を中心とする、いわゆるヒールテン地方軍は壊滅したという記述で結ばれているからである。

 壊滅とは記載されてはいたが、さすがに全員が、王城で果てたわけではないであろう。

 王城の完全包囲が、出来ていないうちでの攻防戦であったため、どうやら脱出した兵士たちは、少なからずいたようである。

 逆に、王城陥落の一連のエピソードで最も重要な記述――王城に残っている最重要人物であるユングフラについての、最期の記述がない。

 マークについては、既にとっくの昔に死んだこととなっていた人物であったため、記されていないのは分かるが、仮にもミケルクスド國の王妹であり、姫将軍としてヴェルト大陸全土に存在が知れ渡っている人物――猛将としての名の上に、さらに当代の三佳人の一人に数えられる美貌の持ち主――、そのような人物の最後の記載が記されていないのは、普通に考えてあり得ないことである。

 この包囲戦の中で、ユングフラの死を確定できなかったというのが真相であろう。

 そして、撃墜王のマイルの死は、この後の史書で回想という形で語られることから、ユングフラの死について、あえて、記述されなかったというのは考えにくい。

 むろん、王城からマーク共々、無事逃げおおせたというハッピーエンド的な発想は、冷静かつ冷徹な現実主義者の歴史家からすれば、体(てい)の良い楽観論しか聞こえない。

 それほど、包囲は完成されていないとはいえ、この時の王城から、最重要人物のユングフラが逃げおおせる確率は、限りなく零(ゼロ)に等しい。

 マークの奇想天外な、苦肉の策を採用せざるを得ない状況であったのだから……。

 冷静、冷徹の上をいく冷酷で最悪のシナリオはある。

 ユングフラが最重要人物なるがゆえに、敵国の兵士にとっては、ユングフラのゆかりのアイテムは、大いなる報奨と人生の転機の鍵を握るものであるという点に着目した場合である。

 それが、彼女の肉片の一部であったとしても……。

 ユングフラという人物を特定できる死では無かったという顛末で、史書には記されなかったのかもしれない。

 実際に、王城陥落後、自分の上官などに、人の肉片や骨の一部、はては毛髪のようなものまで持参して、ユングフラのモノであると主張し、報奨にあやかろうとする聖皇国の兵士が後を絶たなかったようであった。

 それらの肉片などを全て申告通り信頼した場合、その集まったモノだけで、ユングフラがゆうに五十人は形作れるほどの量であったという。

 これは、伝説的な話の類なので、史書には記されていない。

 いずれにせよユングフラの、死に関する史書の記述は全く見当たらず、さらに言えば、その後のユングフラとマークに関するであろう史書の記述も、一切出てこないのである。

文字通り、この王城戦を最後に、ユングフラとマークは歴史の表舞台から完全に姿を消す。

 そして今の我々に、その二人についてのその後の真実を知る手がかりは、全く無いといって過言ではない。

 とにかく、龍王暦一〇六一年二月四日の早朝に起こったこの一連の出来事は、それから五時間後の昼前には、マルシャース・グール陥落という形で幕を降ろした。

 そして、それからわずか数時間後の同日午後四時、ソルトルムンク聖皇国の聖皇ジュルリフォンが、ダードムスを従え、王城マルシャース・グールの地に到着したのである。

 ヴェルト大戦の最終局面に、歴史の針が移った瞬間であったと言える。

〔参考 用語集〕

(神名・人名等)

 アルク、ミュストン、サルルッサー、ソイーズ(王城マルシャース・グールの四門の守備隊長。元は、マークと同様で、ソルトルムンク聖王国の兵士)

 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇)

 ダードムス(ソルトルムンク聖皇国ミロイムス地方の地方領主。現在は、聖皇の片腕的存在)

 ボンドロートン(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。故人)

 マーク(ユングフラの付き人。元ソルトルムンク聖王国の民)

 マイル(ミケルクスド國のワイヴァーンハンター。撃墜王の異名を持つ)

 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)

 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)

(地名)

 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)

(その他)

 ヒールテン地方軍(ユングフラ姫の率いるミケルクスド國別動隊。元ゴンク帝國領のヒールテン地方の駐留する軍ゆえに便宜上、そう呼ばれている)